アラフィフジプシーナースのブログ

アルコール依存症の母と施設育ちの息子の話 家族の距離とは…

2018/11/26
 
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ずいぶん前に放送され、録画したきりだった「ザ・ノンフィクション」という番組をようやく観ました。

その回では、施設で育った息子が大人になり母と再会するのですが、母はアルコール依存症であり問題が次々と起こります。

そして家族の距離の取り方を模索する過程が収められていました。

アルコール依存症は人格も人間関係も蝕んでいくのに治すことは難しい病気です。

考察してみましたので、興味がある方はお付き合い下さいね。

 

施設育ちの息子が13年ぶりに探し出した母

こんにちは。ゆきのです。

過去に録画した観てないものを思い出したように消化していますので、この話も今更ではあります。

 

このドキュメンタリーは、2003年から5回にわたって、本人「小林友和さん」を追って取材を続け、それをまとめた総集編でした。

ザ・ノンフィクションという番組で「友和の夢 母さん!なぜ僕を捨てた」というタイトルがつけられていました。

 

小林友和さんは、男ばかりの3人兄弟の末っ子です。

5歳の時に、3人一緒に児童養護施設に預けられそこで育ちます。

しかし、高校一年で学校を自主退学し施設を飛び出し、働くようになります。

友和さんは、母と5歳で別れたきりで行方もわからず、兄2人との音信も途切れていました。

 

18歳になった友和さんは、あるきっかけで取り寄せた戸籍謄本から母の現在の住所を知ることになります。

そして、13年の長い時を経て、友和さんは母である信子さんに会いに行くのです。

 

信子さんは、友和さん達を施設に預けた後、夫(友和さんの実父)と離婚して水商売をして生計を立てていましたが、生活は苦しく、子供達を連れ戻すことはできませんでした。

再婚もするのですが、2度目の夫とも離婚し、現在はアパートで独り暮らし。

しかし、アルコール依存症に陥っていて、同じアパートの住人達に支えられながら何とか暮らしている状態でした。

 

友和さんとの再会を母の信子さんは泣いて喜びました。

友和さんは、もしかしたら母が自分を家に引き取ってくれるのではないか?と期待もしていましたが、母がしっかりした状態ではない現実を知り、それでもいつか母と一緒に暮らしたいという夢を抱くようになります。

 

母の状態は、はっきり言って50代に見えない、とても老けた印象でした。

呂律がうまく回らないのも、長年のアルコール依存症のせいなのでしょう。

飲んでいなくても、アルコールに浸り続けた生活はその人からいろいろなものを奪い、脳にもダメージを与えます。

13年ぶりに会った母の姿は友和さんのイメージしていたものと違っていたのではないかと思います。

でも、友和さんはその人を母として何の抵抗もなく受け入れました。

 

私は、こういう再会シーンをいろいろな番組で見る度に、夢に見た人とは違うという抵抗はないのだろうか、拒否したい気持ちはないのだろうか、ということをつい考えてしまいます。

家族を知らない息子と子供を捨てた母の暮らし

再会した後に、信子さんはアルコールを飲んで徘徊していたところを警察に保護され、連絡を受けて迎えに行った友和さんは母と一緒に暮らすことを決心します。

そして、兄の住所も探し出すことができて、長男である兄との再会も果たし、長年の夢だった家族との関わりを現実のものにします。

 

母はそもそもなぜ子供達を施設に預けたのか?

その原因は、友和さんの火遊びによる自宅の火災で住居を失ったことでした。

番組の中では昔の母の写真も出て来るのですが、そこには今の信子さんの姿とは違い、まだ若く優しい笑顔の信子さんが生まれて間もない友和さんを幸せそうに抱いている姿があり、胸が熱くなります。

アルコール依存症の人は最初からそうだったわけではなく、その人が輝いていた幸せな時代もあるのです。

 

友和さんはワンルーム暮らし、そこに母を招き入れ、最初は頑張ろうと張り切るのですが、現実はそんなに楽なものではありません。

母は身の回りのことは自立できても、すぐにお酒を買って飲んでしまうという問題もあり、仕事をすることもできず、その狭い部屋の中で母と一緒にいることが次第に重荷になって来ます。

 

それを知った兄が今度は自分の家に母を引き取ります。

しかし、兄もまた母を養うことに疲れ、その暮らしが次第に負担になって来るのでした。

兄は仕事も辞めて家出をし、そして友和さんに助けを求めて来ます。

 

友和さんは、そんな兄と母を自分が引き受け、3人でやり直すという道を選びます。

ところが、母は突然2人の前から姿を消します。

それは、3人でもっと広い部屋に引っ越す予定を目の前にした時でした。

 

友和さんやその兄は、どうしてこんなに愛情深いのだろう?

母と言っても自分を施設に預け長い間離れていた人であり、しかもアルコール依存症という問題を抱えた人を、なぜこんなに自分のテリトリーに迷いなく受け入れることができるのだろう?

もしかしたら、母の方が、その優しさに親が甘えることの重さ、自分が期待に答えられないことを自覚していたのかもしれないなと思ったりしました。

アルコール依存症は人を破綻に導く

アルコール依存症はその人から、その人らしさや判断力、仕事、経済の安定、幸せな人間関係、人の基本的な暮らしの全てを奪ってしまいます。

私の友人で酒豪がいますが、その人はお酒に強いからこそ楽しい気分でしか飲酒をしないと決めているそうです。

辛い時に飲むと、飲めるからこそ飲酒量が増え、自分で制御できなくなりアルコール依存に陥ってしまいそうなのが恐いという理由で、それも一理あると思います。

 

しかし、アルコール依存症は自分で意識しないうちに陥っているものです。

会社勤めをしていて、接待の多い立場にあったために酒量が次第に増えてコントロールできなくなり、家でも飲酒し、もういつまで飲酒していたのかもわからないほどになって出勤もままならなくなった患者さんがいました。

社会的立場のある現役世代で、特に何かあって飲酒に走ったわけではなくても、すでにブラックアウト(記憶の欠落)が見られているアルコール依存症と呼ばれる状態なのです。

 

本人は無自覚のままにアルコール依存症は人を蝕んでいきます。

精神科のアルコール専門病棟は、なぜ入院しているかわからないようなしっかりした人がたくさんいます。

アルコールが抜けてその人らしさを取り戻した患者さんは、一見すると問題なく暮らしていけるようにも見えるのです。

しかし、その中には何回も入退院を繰り返している人も多いのが事実。

退院間近になって外出や外泊をし、そこで飲酒をしてしまうという、それまでの努力を水の泡にしてまで繰り返す人もいます。

 

アルコール依存症を治す為にはその人自身の強い意志が必要であり、それはとても難しいことなのですね。

進行すれば、アルコールが抜けても脳のダメージは元に戻らず、人格も崩壊してしまいます。

慢性化すれば幻覚や幻聴は消えず、脳が委縮して、コルサコフ症候群という認知症のような状態へと移行していきます。

アルコール依存症の患者さんには、そんなことも勉強してわかっている人が多いです。

それでもやめられない、繰り返してしまう、断酒は本当に闘いなのです。

家族との距離の難しさ・近づきすぎても遠すぎても

友和さんの母、信子さんが失踪して何年か経って、他県である男性と暮らしていることがわかりました。

駅のホームで寝ていた信子さんを見つけ、心配したその男性が自分の家に招き入れ、そのまま同居が始まったのです。

 

その男性はやはり家族や故郷から離れ、新しい土地に一人で暮らしていたのですが、信子さんをとても大切に思うようになり、自分が守って行かねばという気持ちを固めて信子さんと結婚します。

友和さんは、最初は怪訝に感じたその男性と関わって行くうちに、その男性に感謝の気持ちや、父親に対する思いのようなものを抱くようになります。

そして母が幸せであればよい・・・まさにその結論に至ります。

 

その頃の信子さんは、友和さんと再会した頃に比べて精神状態も安定していることが、そのお化粧や身だしなみから伝わって来ました。

人がその外見を整えるということは、精神科などではとても重要な要素と考えます。

身なりを整えるとかおしゃれをするというのは何気ないことですが、それは第3者を意識できるということの表れでもあるのです。

反対に精神状態が悪くなると、自分の内部に意識が集中し、他者を意識するという感覚は失われ、そんな日常的な当たり前とも言えることもできなくなります。

季節に合う服を選ぶとか、髪を整えるとか、女性はお化粧をすることもきれいにすることも関心がなくなります。

母は、その男性と寄り添っていることが幸せなのだとわかるような変化でした。

 

そして、友和さんも、家族の形にこだわらず、新たな家族を自分で築き、それぞれが幸せであればよいと考えるようになります。

家族の距離ほど難しいものはないと私は思っています。

距離を近づけすぎても遠ざけすぎても不自然で違和感がある。

家族の距離なんて、普通はあまり意識しないものなのかもしれませんが、私も家族との関係でいろいろあったので距離には敏感なのです。

 

家族は、距離を遠ざけようが他人にはならない、他人になれない関係です。

家族だからと距離を近づけると、息苦しく、お互いを傷つけるだけになることもあります。

適度な距離を見つけ、それぞれが無理のない位置で、必要になった時に関わっていけるのならそれでもよいのではないでしょうか。

他人との距離でも心地よい距離感があるように、家族も息苦しくないちょうどいい距離があり、それを保つことは必要。

少なくとも、そういう家族関係もあると思っています。

まとめ

その後、母の再々婚相手の男性は亡くなり、母は保護施設で暮らしているようです。

そして小林友和さんも兄と離れ、自分の家庭を持つようになりました。

それにしても、母の信子さんは、いろいろな人に受け入れられ愛されて幸せな人だなと思います。

それはこの人が本質的に愛情深くて優しい人ということなのかもしれません。

施設にいるのであれば、もうアルコールの心配もないですね。

家族は一緒にいることだけが幸せではないと考えます。

距離を置いている方が思いやりを持って関われることもあると私は思っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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