アラフィフジプシーナースのブログ

離婚後もDVの記憶はトラウマになる 私が苦しかった症状とは

2018/11/26
 
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今回の記事は前回の続きになります。

私はDVを理由に離婚しました。

逃げ出すことができてもその出来事はトラウマになり、その後現れる症状は生きづらさの原因になります。

私は自分が何か悪いことでもしたような思いを抱いて過ごしていたと思います。

人が私をどのように見ているのか、回りの評価も恐くて仕方なかったです。

今回の話もよろしければお付き合い下さい。

 

DV離婚・水商売で本格的に働く

元夫との生活は経済的に破綻をきたしていたので、私は水商売の仕事を勝手に探して働き始めました。

*ここまでの経過はこちらの記事

夫のDVの被害者だった私が離婚を決意するまでの体験談

自分が何とか収入を得る手段を見つけた私は、元夫と離婚することだけを目指して、とにかく争わず、何も求めず、ただ離婚へと回りを固め、そこにたどり着きました。

借金を背負う羽目になりましたが、この人と一緒にいればいつか殺されるという危機感を感じていたので、とにかく早く縁を切りたかったです。

その後のことは何とかなる、何とかするしかないと覚悟していました。

離婚後は、そのまま水商売で本格的に働くことになります。

ど素人でしたが私は若かった、それが幸いだったと思います。

ただ私はお酒が飲めなかったので、こじんまりした店では目立つし、飲んでボトルを空けるというような売り上げ協力もできません。

それで私が選んだ場所は、クラブでした。

クラブは店のお客様というよりも個人で呼ぶお客様、自分のお客様を持てば良いのだし、自分の働き次第で高い給料も望めたからです。

衣装も持ってないので、分割払いで購入し、あとは面倒見の良い先輩方に譲ってもらったりして少しずつ揃えていきました。

メイクやヘアは華やかに、顔色が悪く見える口紅はダメ、ハイヒールでなければダメ、スーツはダメ(堅苦しいので)など決まり事があり、水割りの作り方、グラスの持ち方、美しく見える座り方、立ち方などいろんな教育がありました。

辛いことや人間関係のいざこざも多かったですが、今となっては懐かしくもあり・・・この話はいずれまた書きます。

私には居場所がなかった

別居から離婚へと段階を踏む為に実家に戻っていた私ですが、離婚後このままいるわけにはいかないと考えました。

自分が結婚に失敗したせいで迷惑をかけているので、これ以上甘えるわけにはいかず、それでなくても結婚前から家族と折り合いがよくなかったので、肩身が狭かったのです。

悩んでいた時に、店で知り合ったコンパニオンの先輩から、私の部屋は広いマンションなので一部屋貸してあげると声をかけられました。

私はそこに間借りすることにしました。

ルームメイトに騙された話

間借りしてしばらくして、私が部屋に置いてあった、もらったばかりの私の給料が封筒ごと全部なくなりました。

私は、空き巣が入ったに違いないと大騒ぎしました。

部屋主は、何も取られていないと言い特に慌てることもなく、私は彼女を疑うことも思いつきませんでした。

私の強い希望で警察を呼び、室内の指紋採取などもしましたが、外から入った形跡もないと言われ、それが彼女が怪しいということと私の中で結びつきませんでした。

数日後、お金がなくなった私のところに、彼女から頼まれたという柄の悪い男が「今月分の部屋代などを払え」と集金に来ました。

一度、彼女のところに来たのを見たことがある男でした。

払えなくなった私に部屋を出ていけと彼女は言い、その時初めて、その男と彼女がグルで私の給料を盗んだのではないかと気づきました。

なんてバカで鈍いのだろうと我ながら呆れました。

そして私は再び、居場所がなくなり、実家に帰ることになります。

消費者金融からのしつこい電話

実家は実家で、消費者金融から元夫の借金の取り立ての電話がしょっちゅうありました。

今でこそこのような行為も取り締まられるようになりましたが、当時は大手の金融であってもまるで闇金のようなことを平気でしていました。

両親には迷惑がかからないように、私は電話の対応をしました。

あまりにしつこかったので私も次第に慣れてしまい、何を言われても動じなくなりました。

一方で、私に背負わされた私名義の借金はせっせと返済していきました。

友人に言われたショックな言葉

離婚してから学生時代からの友人とも関われるようになりました。

まだ若かったので、友人たちは社会に出て遊ぶことを覚え、楽しそうに見えました。

会社の男女数人でいつも遊びに行くという話をしていた友人が、私のことも今度誘ってくれると言い、その後に「会社の人への体裁があるのでちゃんとした仕事に変わったらね」と条件を付け加えました。

私は友人としてみっともない存在だったのでしょう。

誘ってもらいたかったわけではなかったですが、とても悔しくてショックだったのが忘れられません。

私を苦しめるトラウマの症状

私の家も貧乏だったので、私は借金返済と少しでもいい給料を手に入れることに必死でした。

慣れて来ると業界内の顔見知りもでき、よその店からもっといい条件でのスカウトがかかったりします。

私はそういう条件に乗って店を変わりました。

しかしその頃から、私はいろいろな症状に苦しむことになります。

何があったわけでもないのに、悲しさや虚しさでいっぱいになって動けず出勤できないのです。

行けば何とかなるから出勤しようとしますが、動悸やめまい、腹痛などの症状が出てきて、職場にたどり着けず、途中で引き返してしまうことが続きました。

こんな自分が何のために生きているのかと考えだし、大きな不安感に襲われました。

店にいてもお客様と対面して目が合うと緊張し、動悸や冷や汗という症状が出て来ます。

その場から立ち去りたい、でも逃げられない、私には逃げ場がない、それが恐怖でした。

その症状にとらわれると会話も上の空で、その症状が出るのが恐くてさらに不安になるという状態でした。

その精神の不安定さは私のトラウマから起こる症状だったと思います。

トラウマとPTSD

トラウマとは、命が脅かされるような肉体的、精神的な強いショックによって心に残る深い傷のことです。

トラウマの原因は、自然災害や交通事故や事件に遭う、または目の前で目撃する、性犯罪、そしてDVもその一つになります。

トラウマは、様々な心身の不安定な症状を引き起こし、この症状が起こる状態はPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれます。

有名な症状の1つには、フラッシュバックという、トラウマと重なる出来事によって突然その時の苦痛や恐怖の記憶が呼び起こされ、過呼吸や緊張などの症状が現れるものがあります。

私が高い給料で移った店は以前の店よりスペースの狭いところでした。

私は、また元の大きい店に戻りました。

その時、フラッシュバックの症状の自覚はなかったですが、狭い場所で人と向き合うと私は追い詰められたような不安や緊張感を感じていたのです。

今でも、誰かと同じ空間に閉じ込められるような状況は苦手です。

自信を持って生きる為の資格

3年ほど働いて、すっかりクラブコンパニオンらしくなってきた頃、借金の目処も立ったので私は次のステップを模索します。

このままこの世界にいても自分が年を取るだけで、そうなると店を持つなり何なりの目標がないと生き残っていけないということを感じていました。

昼間の仕事に変わるための就活もしましたが、何の資格も経験もない私はまるで相手にされませんでした。

面接の時に、離婚のことを説明すると「こんな若さで離婚なんかして」「離婚はカタが付いてるのか?会社に迷惑かけられても困るので」という屈辱的な言葉を投げられたこともあります。

それでも何十件の求人に書類を提出したことでしょう。

私は、挫折感というより悔しさでいっぱいでした。

こうなったら誰もが認める資格を取り、私をバカにした人全部見返してやるという思いで行きついたのが看護師の資格でした。

私は、昔から白衣の天使に憧れていたわけではありません。

自分が生き残っていく為に看護師になりました。

まとめ

私はDVの被害に遭ったからこそ今の看護師という自分にたどり着きました。

人生に無駄なことはないとは思っていますが、こんな目に遭わず、トラウマなど抱えない人生の方が良いに決まっているし、DVの被害者になるのは全く必要ないことです。

この後、私は前向きに進むのですが、その一方で症状を引きずり、生きづらさをずっと抱えていました。

続きの話はまた次回に。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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