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私のパニック障害の克服体験談・看護学生時代の実習での話 

2018/11/04
 
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少し前の話ですが、King&Princeというグループの岩橋玄樹さん(21歳)が、パニック障害の療養の為、芸能活動の休止を発表しました。

デビューから半年足らずでの思いきった決断でしたが、追い詰められていたのでしょうね。

芸能人には公表している人も多いですが実は私も過去に苦しみました。

今回は、克服するまでの私の体験談をお話ししようと思います。

 

パニック障害はありふれた病気・芸能人にも多い

パニック障害は、気の持ちようだとか、性格の問題だとかいう現象ではありません。

最近は、パニック障害という病名もわりと認知されるようになったのではないかと思いますが、この病気の患者さんはだいたい100人に2~3人はいると言われています。

 

芸能人にもこの病気を持っている人は多いです。

カミングアウトしている人もたくさんいますが、そうなのではないかという噂まで含めると、本当に珍しい病気ではないと思います。

 

パニック障害を持っている芸能人

長嶋一茂さん、丸岡いずみさん、Ikkoさん、岡村隆史さん、大場久美子さん、ユースケ・サンタマリアさん、高木美保さん、中川家の兄の中川剛さん、堂本剛さん

などがよく知られているのではないでしょうか?

そうそう、星野源さんもご自身で、過去にパニック障害だったということを語られているようです。

海外の芸能人では、ジョニー・デップやニコール・キッドマンなどがそうらしいですね。

 

私はジャニーズに詳しくないので、King&Princeというユニットも知らなかったのですが、岩橋玄樹さんの休止のニュースをTVで観た時、ファンはとても残念だろうし心配でしょうけど、「あーこの人はこれで開放されるね。」と思いました。

岩橋玄樹さんはどうやら昔からパニック障害を抱えていたとのことなので、本当に限界だったのだと思います。

もう家から出ることもできずに食事も宅配などで賄っていたようです。

 

パニック障害は逃げ場のない不安に追い詰められる

パニック障害は、突然、発作的にめまいや動悸、息苦しさ、震えなどの症状が現れます。

この症状は、大抵は10分程度で治まり、長くても1時間以内には消失しますが、本人にとっては、このまま死ぬのではないかと思うような深刻な症状です。

しかし、検査しても身体的な異常は見つかりません。

心臓もどこも悪くなくて、体にはそんな症状を起こす原因が見当たらないのです。

そのせいで、パニック発作は気の持ちようとかいう解釈をされてしまうことがあるのですが、それがさらに本人を苦しめる原因になります。

 

当事者だけが、またそんな発作が起きたらどうしようと1人で苦悩します。

身体的に何も原因がないなら、発作が起きても死ぬことはないのですが、症状がある本人には死ぬほど苦しく恐怖です。

次にまた発作が起こるかもしれないと考えて強い不安を抱くのは、予期不安という症状です。

 

そして、パニック発作を起こすことを恐れ、過去に発作を起こした場面や場所を避けるようになります。

発作が起こるかもしれないという不安ばかりに捉われ、もしもの時に逃げ場がない状況にいるのは怖く、エレベーターやトンネル、人ごみの中、バスや電車などに乗ることも出来なくなってきます。

この症状は、広場恐怖(アゴラフォビア)と呼ばれるものです。

 

パニック障害は、パニック発作だけでなく、予期不安や広場恐怖などの症状に追い詰められてしまうのです。

その不安や恐怖のあまり、日常生活もままならなくなり、重症になると外出もできなくなってしまいます。

 

私も深刻だった・看護学生時代の体験談

パニック障害を発症する原因は、強度のストレスと言われます。

ストレスがかかることで、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れてしまうことで発症するとされます。

 

私は、若い時にDV夫と離婚しました。

その後、水商売の仕事を経て、看護師資格取得の為に看護学校に入学しました。

その頃のことはこちらの記事にありますので、よろしければお読みくださいね。

 

*参考記事

夫のDVの被害者だった私が離婚を決意するまでの体験談

離婚後もDVの記憶はトラウマになる 私が苦しかった症状とは

DVのトラウマを克服する方法 抜け出そうとした私が試した事

 

紆余曲折あり、私は数年間、自分の置かれている状況もわからないような時間の中にいました。

抱えているストレスも半端なかったです。

精神的に不安定なのをもう一人の強い自分がぐいぐい引っ張っている感じだったと思います。

 

症状が深刻になってきたのは、臨床実習の時でした。

最近は、申し送りの時間も短縮されるか、廃止して効率よく業務開始するのが一般的ですが、昔は朝の申し送りは全員参加、30分以上かかるというのもよくあることでした。

ナースステーションを閉め切り(これも今はオープンですが昔は閉鎖的な部屋でした)、夜勤の看護師を取り囲み、全員が立って最初から最後まで申し送りを聞きます。

看護学生の私達もそれに参加します。

その状況は、DVのトラウマで閉鎖空間に対する恐怖のある私にとって、とても息苦しく苦痛でした。

 

そして、ある日、申し送りの途中で私は倒れました。

正確には、目の前が暗くなり、意識が遠のいて座り込んだのですが、周囲は大騒ぎになり、私はベッドに連れて行かれてそこの病棟の看護師に取り囲まれていました。

看護学校の教務が私を迎えにきて、「病院に行き、今後実習に出られるか健康状態を検査するように」と言われて家に帰されました。

私は、病院に行って、心電図やらレントゲンやらの検査をしましたが、身体的に問題は見つかりませんでした。

 

でも、その日から実習は私にとって地獄のような日々になります。

それは、まさしく「予期不安」との闘い、「広場恐怖」との闘いと言ってもいい。

申し送りで倒れたらどうしようという大きな不安と闘う日々でした。

 

申し送りで倒れたら迷惑をかけてしまう。

もう実習に出してもらえないかもしれない。

もう失敗は許されない。

でもまた気分が悪くなったらどうすればいいのか?

 

長い申し送りの間中、それをどうやってごまかしてやり過ごすかばかりを考え、はっきり言って申し送りの内容なんて全く聞いてなかったと言ってもいいです。

そんなことは後でどうにでもなる。

とにかく申し送りさえ終われば、一日は何とかなる。

 

今、思い出しても、実習のそれは看護学校時代で一番苦しかったです。

 

パニック障害は克服できる時が必ず来る

パニック障害は、脳の神経伝達物質のバランスが悪くなることが原因と言われていますので、薬でそれを調整するような治療が行われます。

セロトニンを増やすことは、パニック障害を改善するのに効果的と言われます。

そういった目的で、現在は抗うつ剤であるSSRIを処方したり、抗不安薬などを組み合わせたりするようです。

 

私も、今ならそっち方面と判断して、メンタルクリニックを受診したでしょう。

しかし、当時は看護学生でそのようなことを思いつくこともなく、第一、その時代にメンタルクリニックは多くなかったし、一般的ではありませんでした。

おそらく、パニック障害という病気の認識もなかったのではないでしょうか。

 

でも、私は本当に悩んでいたので、内科クリニックに通院して助けを求めていました。

そして「めまいがするのは低血圧だから」「血圧を調整すればよい」というような診断で、薬を一種類処方されていました。

何の薬だったのかはわからないままで、学生だった私はそれを医師に突っ込んで聞くということができませんでした。

先生は年配で面倒見のいい方でしたが、心電図も血液も特に異常ないからねーと困っていたように記憶しています。

結局、薬を飲んでも何も変わった気がしなかったので、プラセボ的な処方だったかもしれません。

 

私が改善のために努力したこと

私は恐ろしく低血圧なので、実習の朝はそれを改善しておかなくてはならないと考え、出発前にラジオ体操や縄跳びなどをしていました。

空腹はよくないと考えて、バナナ持参で出向き控室で食べてから病棟に行っていました。

だけど快適な朝などなく、いつも倒れそうなギリギリの状態で耐えていて本当に辛かったです。

 

ある日、新聞で自立訓練法という小さなコラムを見つけました。

それは横たわった状態で目を閉じて、ゆっくりと右足の方が重くなっていくことをイメージする、ぽかぽか温まるのをイメージする、というような方法でした。

要するに自己暗示というか、イメージコントロールをして、自分で緊張を解いてリラックス状態を作り出せるようにするのです。

何となく、これはいいかもしれないと思って、毎晩そのような練習をしていました。

 

自律訓練法は、今、パニック障害の治療で使われる心理療法の1つで、認知行動療法とともに有効な治療法のようです。

認知行動療法は、できなかった行動を少しずつ修正しながら不安をクリアしていくという心理療法です。

 

私は、当時、パニック障害のことや心理療法のことなど全くわからないまま、自然と効果的な習慣を付けていったと言えるようです。

 

そして、それが功を奏したというよりも「大丈夫。私は体をコントロールできる」という自信がついたというべきかもしれませんが、少しだけましになってきたように感じました。

毎晩、右足が重くなるとか左足が温かくなるとかいうイメージをしているうちに、本当に少しずつコントロールできるようになってきて、それが自信に繋がっていったと思います。

 

もちろん、「倒れるのではないか」という不安からは解放されないけれど、自分が申し送りで立つ定位置を見つけ、確保するようにしました。

もう無理と思ったら外に出るしかない、そのために入り口の近くを確保し、その方が囲まれているよりも目立たないし、ましだろうと考えたのです。

背後に人がいないようにぎりぎり入り口に立つようにしました。

 

そうやって、何とか実習を乗り越えました。

申し送りを立って聞くことがこんなに苦痛なら、看護師の仕事そのものができないのではないかと思っていました。

でも、実際に仕事になると不思議なことにそんなに苦痛はなかったです。

学生というプレッシャーがなくなったからかもしれません。

倒れることは私の中で失敗とインプットされていて、そんな失敗をするわけにはいかない、という緊張がなくなったからではないかと思います。

仮に倒れても何とかなりますからね。

これでダメだったら、もう看護師を辞めるしかないと開き直ってもいました。

 

パニック障害に苦しむ人は、完璧主義の傾向にあり、失敗してはいけないという緊張感が強いのだろうと思います。

だから、「何とかなる」と思えるかどうかがカギなのではないかと思います。

 

まとめ

看護師の申し送りは、病院によってはみんな椅子に座ってから行うところもあり、また、時代と共に短縮されていったので、その後は楽でした。

当時は、私がそんな悩みにずっと捉われていることなど、誰も想像しなかったと思います。

人にわかってもらえないこともまた、大きな不安の原因になるのではないでしょうか。

パニック障害は過度の緊張感が発作に繋がるので、緊張を解いてリラックスする訓練をすることは効果があると思いますが、同時に、誰か理解者がいるともっと楽になるのではないかと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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